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2008年05月10日

札の辻・21

 先月「アポロンの島」「リラの頃・カサブランカ」「或る聖書」などの著作がある芸術院会員の作家小川国夫氏(80)が亡くなった。
 友人で大阪芸大の長谷川教授が最後に病院へ見舞ったとき、小川氏は「文学の現状がどんなに荒れた野であっても、一人のランボーがいればよい」と言ったという。
 小川氏は20代の留学生の頃、バイクでパリから地中海沿岸を旅行して文学的風土だけでなく、セザンヌの情緒やゴッホの情熱まで画家の過ごした軌跡を探究している。
 手もとに氏の著書「ゴッホ」の一冊がある。
―ゴッホは自分の耳を切り取り女に贈るが、それは闘牛の儀式に似ている。マタドールは仕止めた牛の耳の一部を恋人に贈る。ゴッホは深い痛みにさらされつつ着想の原点を求めて彷徨したのだ―の一節には、ヴェルレーヌとの放浪の果てに彼を拳銃で撃ったランボーの破綻的行動に共通するものがあって、小川氏は現代文学の荒野にゴッホとランボーを重ねてみたのではないだろうか。
 ランボーに傾注した中原中也にも、懐疑と、狂気と、歓喜に心身を消耗した「ゴッホ」の作品がある。岩国出身の文芸評論家河上徹太郎は「私に綿々たる手紙をくれたのは中原中也と太宰治だった。彼等の手紙は己を語るのではなく精神的理解を求めている。中原は夭折し太宰は自殺した。それはゴッホのそれよりも宿命的な『耳』であったかも」と書く。        (鱧)


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)札の辻
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