2009年06月13日
札の辻・21
毎日々々雨が降ります
去年の今頃梅の実を
持つて遊んだ弟は
去年の秋に亡くなつて
今年の梅雨には
ゐませんのです
これは昭和6年9月に亡くなった弟を偲ぶ中原中也の詩「梅雨と弟」の一節である。
気象庁は例年6月上旬に日本列島各地の「ツユ入り」を伝えている。ツユは北海道をのぞく東北から沖縄まで列島の宿命という。年間6千数百?といわれる降雨量の大半は6・7月期に記録され、梅雨前線が刺激されると豪雨となることもあり、芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」や蕪村の「さみだれや名もなき川のおそろしき」の句がそれを物語っている。
ツユを梅の雨と書くのは、この時期にウメが熟してくるためといわれ、古くは「さみだれ」と呼ばれたが江戸時代になるとツユの呼称が使われるようになった。
中也の「梅雨と弟」はさらに母堂の梅酒づくりへとつづく。
お母さまが おつしや
いました また今年も
梅酒をこさはうね
そしたらまた来年の
夏も飲物があるからね
あたしは
お答へしませんでした
弟のことを
思ひ出して
ゐましたので
降りつづく雨の詩には甘酸っぱい中也の少年期がにじんでいる。(鱧)
去年の今頃梅の実を
持つて遊んだ弟は
去年の秋に亡くなつて
今年の梅雨には
ゐませんのです
これは昭和6年9月に亡くなった弟を偲ぶ中原中也の詩「梅雨と弟」の一節である。
気象庁は例年6月上旬に日本列島各地の「ツユ入り」を伝えている。ツユは北海道をのぞく東北から沖縄まで列島の宿命という。年間6千数百?といわれる降雨量の大半は6・7月期に記録され、梅雨前線が刺激されると豪雨となることもあり、芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」や蕪村の「さみだれや名もなき川のおそろしき」の句がそれを物語っている。
ツユを梅の雨と書くのは、この時期にウメが熟してくるためといわれ、古くは「さみだれ」と呼ばれたが江戸時代になるとツユの呼称が使われるようになった。
中也の「梅雨と弟」はさらに母堂の梅酒づくりへとつづく。
お母さまが おつしや
いました また今年も
梅酒をこさはうね
そしたらまた来年の
夏も飲物があるからね
あたしは
お答へしませんでした
弟のことを
思ひ出して
ゐましたので
降りつづく雨の詩には甘酸っぱい中也の少年期がにじんでいる。(鱧)
Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)
│札の辻