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2014年04月12日

札の辻・21

 2003年に湯田から建立された山口十境の詩碑は、3月30日に「象峯積雪」と「鰐石生雲」の2基が完成し、渡辺市長も出席で披露された。
 十境の詩は中世室町期に京都に次いで「西の京」と呼称された山口へ、1372(文中元)年に京都を経て来山した中国の詩人趙秩が、当時の山口に選んだ風景詩で朝鮮半島、中国大陸、琉球へと交易を開いていた大内の顔がよみがえる。
 山口市史によれば、室町時代に中国では宋、元、明の文化が大内氏によって照会され室町期五山文学として光彩を放つ。
 大内氏の文脈を開拓したのは五山の禅僧で、大内氏歴代の好学と中国学者の招致により異国文化に対する理解が豊かになった。
 十境の詩碑をふり返ると文化風土山口が改めて鮮明になる。
 大内氏の200年間、応仁の乱以後、山口に来住する公卿、学者なども多く独自の文化風土がつくられていった。
 町並も中野殿小路、鞍馬小路、久保小路、馬場殿小路、諸願小路、今小路、糸米小路、御局小路など、京風の町筋が敷かれている。
 1551(天文20)年に来山したサビエルは=人口1万余もある山口は日本のすこぶる繁盛なる都=という表現を書簡に述べる。各詩碑建立には当初の温泉春色碑から鰐石生雲碑まで、碑文刻銘に尽力された郷土史家荒巻大拙氏がある。(鱧)


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Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)札の辻
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