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2015年12月09日

明治維新鴻業の発祥地、山口 ―詩酒愛すべし 美人憐れむべし―㊼ 【幕末歴史小説】 行雲流水 高杉晋作

明治維新鴻業の発祥地、山口 ―詩酒愛すべし 美人憐れむべし―㊼ 【幕末歴史小説】 行雲流水 高杉晋作
▲小倉城(北九州市)

(2日付・松前了嗣さん寄稿の続き)

四境戦争

 その頃、長州藩の不穏な動きに対し、幕府は朝廷から、長州再征の許可を取り付けていました。
 しかし、長州藩は、先に幕府が提示した、藩主父子の蟄居と10万石削減という条件を蹴り、交渉は決裂。
 幕府軍は大島口、芸州口、石州口、小倉口の4方面から兵を進め宣戦を布告。6月7日、周防大島を砲撃し、ここに戦いの火蓋が切られたのでした。
 6月12日、海軍総督に任じられた晋作は、かつて長崎で藩に無許可で購入したオテント号(丙寅丸)に乗り込み、停泊中の幕府軍艦4隻に、1隻で奇襲攻撃をかけ撃退。
 6月17日には小倉口を指揮し、軍艦5隻を率いて対岸を艦砲射撃。
 8月1日、小倉藩は自ら城に火を放ち退却します。
 その頃、芸州口では、長州軍と幕府軍との間に休戦が成立。石州口では大村益次郎率いる長州軍が幕府軍を退けます。
 こうして、9月2日には、大願寺(広島県)にて止戦協定が結ばれ、12月には小倉藩が降伏。
 長州軍はわずか4千人の兵で、15万人の幕府軍を破り勝利を収めたのです。
 しかし、この時晋作は、体調不良を理由に、既に戦線を離脱していたのでした。
(続く。次回は16日付に掲載します)


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