2016年02月20日
札の辻・21
“柳原良平の仕事”。アンクルトリスの生みの親にして、日本屈指と呼ばれた船の画家・柳原氏の装丁、絵本、漫画、アニメーション、オリジナル作品などをまとめたすばらしい本が送られてきた。
氏は、多才にわたる大胆なデフォルメの切り絵を、最小限の線によって表情の変化をおどろくほど的確にまとめた作品で有名。リズミカルに表現した幼少児向けの絵に加え、船がテーマの絵本も多くあり、その乗り心地を大胆に、そして的確に表現している。
以前に出版された柳原良平画集「船旅と世界の港町」(講談社版)も思い出す。
ロンドン、オスロ、コペンハーゲンなど、船旅で入港した町のプロフィルが並ぶ。1978年版で古くなってはきたが、その中に柳原氏の自筆原稿“白いタキシード”がある。
生まれて初めて外国航路の客船に乗った。サンフランシスコからホノルルまで6日間、太平洋を半分ほど横切った。船はアメリカの“ルーリン”で1万8千トン2本煙突の白い船体だった。
柳原良平氏はテレビ関係のグループと一緒になり愉快な船旅となったことも記述している。
船旅と漫画家そして文筆家でもある柳原氏は、装丁、絵本、漫画とアニメーション、オリジナル作品まで半世紀にわたって活躍したが、平成27年8月17日に急逝が告げられた。合掌。(鱧)
氏は、多才にわたる大胆なデフォルメの切り絵を、最小限の線によって表情の変化をおどろくほど的確にまとめた作品で有名。リズミカルに表現した幼少児向けの絵に加え、船がテーマの絵本も多くあり、その乗り心地を大胆に、そして的確に表現している。
以前に出版された柳原良平画集「船旅と世界の港町」(講談社版)も思い出す。
ロンドン、オスロ、コペンハーゲンなど、船旅で入港した町のプロフィルが並ぶ。1978年版で古くなってはきたが、その中に柳原氏の自筆原稿“白いタキシード”がある。
生まれて初めて外国航路の客船に乗った。サンフランシスコからホノルルまで6日間、太平洋を半分ほど横切った。船はアメリカの“ルーリン”で1万8千トン2本煙突の白い船体だった。
柳原良平氏はテレビ関係のグループと一緒になり愉快な船旅となったことも記述している。
船旅と漫画家そして文筆家でもある柳原氏は、装丁、絵本、漫画とアニメーション、オリジナル作品まで半世紀にわたって活躍したが、平成27年8月17日に急逝が告げられた。合掌。(鱧)
Posted by サンデー山口 at 00:00│Comments(0)
│札の辻